昭和

2009年12月 6日 (日)

28 years later

20091205shoka5bw
 
 この3人、大阪府立桜塚高等学校の同級生。
 実は、オレらが顔を合わせるのは、27年と11ヶ月ぶり。
 成人式の日の夜、梅田の《陸蒸気(おかじょうき)》という店で呑んで以来となる。

 大病を克服して死の淵から生還したK。
 上司を蹴っ飛ばして退職した……のかどうかは知らぬが、ともかく脱サラ後、現在11年目銘酒蔵《昌佳》のマスターT。
 あいかわらずの自由人、ワタクシ。

 生きてりゃなんなとあるもんじゃ。
 人生の不可思議さ、おもしろさをかみしめた夜でございました。
 ふたりともThanks!
 桜塚高校、バンザ~イ!
 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)
 place: 銘酒蔵《昌佳(しょうか)》(大阪地下鉄御堂筋線江坂駅南東方向徒歩3分)
 ※撮影はTの奥様

 

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2009年10月17日 (土)

北村大沢楽隊 《疾風怒濤 !!!》

Kogakutai01 Kogakutai02
 《疾風怒濤 !!!》
 "STURM UND DRANG" old times brass band 
  北村大沢楽隊
   ( off note ON-57  CD-JAPAN )


 数年前、たまたま、テレビ(CS)のニュース番組で、ローカルな話題としてこの楽団を紹介しているのを観た。
 その5分か10分かの時間、私はテレビの画面に釘付けになり、そのあとも、すごいものに接した感激がしばらく醒めず、呆然となったものである。

 CDが出ているらしい。即オーダーした。

 届いたCDが鳴りだしてほどなく、私はあまりのうれしさに吹き出してしまっていた。
 エンタメの原点、音楽の原石のようなものがそこにはあった。そして〝ニッポンの元気〟のようなものも。
 そうしてそれらが、まるで崖の落石のようにゴロゴロと転がり落ちてきて、その一つ一つがことごとく私の心臓を直撃したのである。

 これを聴いて、音程がどうの、ヘタクソだのなんのと言うのは無粋というものであり、そういうひとには、音楽というものをわかってはれへんな、と強引なことを言ってしまいたい。
 魂だ。それでじゅうぶんではないか。
「耳で聴くな。身体で聴け」とでも言いたくなるような音楽である。

 ここでは、適当なカテゴリーがないので「ジャズ&フュージョン」にふっておいたが、ほんとうはこのアルバム、そんなものは超越してしまっている。強いていえば、〝ジャパニーズ・フォルクローレ〟とでもすべきかもしれない。
 なにしろ、音楽の原石なのだから。

 演奏は北村大沢楽隊。
 メンバーは、宮城県石巻市の北村大沢地区において、普段は農業に従事する男たち。
 楽隊結成は大正時代にさかのぼる。ここまでにメンバーの入れ替わりがあったが、そのスピリッツは冷めることなく受け継がれてきた。
 ディスクでは、彼らに目をつけた《ちんどん通信社》のメンバーも演奏に参加している。
 音楽の合間に、たとえばこんなやりとりが聴かれる。

  ちんどん通信社・林氏 「今のはなんて曲ですか?」
  楽隊メンバー 「わがんね(わからねえ)」


 帯にある「コノオトコタチ、過激ニシテ愛嬌アリ」のコピーが秀逸。
 「過激にして愛嬌」はそのとおりと思うが、私はそれ以上に、彼らの音楽が運んでくる、どことなくのどかな、なつかしい空気に惹かれる。
 ジャケの写真がまた表裏ともにカッコいい。内容とも、メジャーレーベルが忘れてしまったこだわりを感じさせている。

 このディスク、聞くところによると、音楽雑誌で、〝0点〟をつけられたそうな。
 けっこうじゃないか!

 廃盤にしたくないCDだ。

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2009年10月 7日 (水)

今井美樹  "retour"

Imairetour16
"retour" ( 1990 )
 歌 / 今井美樹
     ( FOR LIVE FLCF-31078  CD )


「今井美樹のような」――。
 そうたとえるしかないようなすてきな歌声がいい。そこに生まれる空気感がいい。そのやさしい雰囲気につつまれる感覚がいい。

 たとえば、岩崎宏美が、そのカヴァー・アルバムで今井美樹の『PRIDE』をうたっている。
 岩崎宏美は超一流であるが、やっぱりこの唄は今井美樹でなければ、響いてこない。
 今井美樹のうたう唄は今井美樹のためにできている。『PEACE OF MY WISH』など、ほかの歌手がうたえば、説教がましく聞こえてしまい、私ならディスクを放り投げかねない。

 ただ、"Lluvia"に続くアルバム"flow into space"で、私自身はほのかな違和感をおぼえた。そして、"A PLACE IN THE SUN" で、自分が求めているものから離れてしまったな、という決定的なものを感じ、それを最後に、彼女のアルバムは買っていない。
 したがって、私の愛聴するのは、主に、90年代前半までの彼女となり、もっているのは11枚。ライヴ盤が欠けている。会場の熱気など必要ないのでは……と考えて見送り、そのままになった。
 いずれにも魅惑曲がふくまれていて、1枚もはずすことはできない。アルバム〝retour〝 は代表として挙げたにすぎません。
 
 デビュー・アルバムの "femme" から5枚目の"mocha" まではアナログが存在。
 "mocha"は、時代がCDにほぼ移行しとげたらしき時期に出たため、プレス枚数もすくないようだ。私もアナログでもっているのは最初の4枚まで。
 特別愛惜ナンバーを思いつくまま列挙すると、『夏をかさねて』 『黄色いTV』 『retour』 『野性の風』 『Lluvia』 『笑顔』 『とっておきの朝を』 『flow into space』 『半袖』 『瞳がほほえむから』 『PEACE OF MY WISH』 『9月半島』……まだまだある。

 サラリーマン時代――。
 ゴールデンウイークがひと月後にせまり、私は会社に対し、GW10連休を要求した。出勤は暦どおり、と聞かされたからである。
 大型連休を利用して北海道に行くつもりだった。その会社に就職したおかげで、毎年続いていた北海道行が、前年にとぎれていた。
 先輩社員からは、みんなをはたらかせておいて自分は休みか、と至極当然な顔をされたが、意に介さなかった。
 結局、休みまで毎週土曜出勤など、あれこれ交換条件を提示され、それらをすべて受け入れることで手を打った。
「すんませんなァ」
 私は笑いをこらえながらそう言い、その場でフェリー会社に電話を入れ、チケットを押さえた。

 GWの北海道はメチャメチャ寒く、内陸部は残雪がどっさりであり、雪上にテントを張らされたりもした。キャンプ場はどこもかしこもガランとしていて、心細いことこのうえもない。
 今なら願ったり叶ったりのシチュエーションであるが、当時はまだ年季が足りなかった。
 酒と音楽が心強い相棒だった。その音楽も、クラシックやジャズには手が伸びない。私が聴いていたのは、人の歌声ばかりであり、その中心となっていたのが山下達郎、そして今井美樹だった。
 焚き火の前でホットウィスキーをやりつつ、同じカセットを毎夜、繰り返し聴いていた。時代はすでにCDになっていたが、電池の消耗度の低さでカセットのほうがまだ圧倒的に優位だったのである。

 カセットは、やがてCDになり、今やオーディオ・プレーヤーになった。しかし、キャンプで聴く音楽はほとんど変わっていない。
 今でも北海道に行くと、今井美樹の『retour』なんかを聴きながら、あの正味一週間のうち5日間が雨だったゴールデンウイークを思い出したりする。

 キャンプの夜に、バッハやベートーヴェンがなくてもかまわない。だが、今井美樹がなければ困る。もし、聴けないとなると、ヘタすりゃ、キャンプ自体を中止することになる。
 


 【シャコンヌ狂時代】
 アリーナ・イブラギモヴァ Alina Ibragimova ( I )  クリストフ・ポッペン Christoph Poppen ( P )

 

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2009年9月30日 (水)

坂本九 『上を向いて歩こう』

Sukiyaki

『上を向いて歩こう』 ( 1961 )
 歌 / 坂本九  詞 / 永六輔  曲・編 / 中村八大
  (東芝音楽工業株式会社 JP-5083  EP)


 幼いころ、母親について、ひと駅離れたスーパーまでよく買い物に行った。
 親が食料品などを買いあさっているあいだは退屈なので、ほかの店をのぞいて時間をつぶした。

 2階の〝専門店のフロア〟には、本屋からスポーツ用品店まで、さまざまな店が集合している。雑貨店、今でいうアクセサリーショップなどもある。
 装飾された小箱が十ばかりならんでいた。
 オルゴールだった。
 なかに一つ、お気に入りがあって、その店へ行くたびに、そればかりいじっていた。曲がよかった。
 結びつけてあるタグに曲名が記してある。ヘンな名前だ。
 『上を向いて歩こう』――。
 そのオルゴールがほしくてならなかったが、ガキにすればやや高額な品で、そう簡単には手が出ない。

 ある日、親戚の人がウチを訪ねてきた。夏の暑い時季で、1泊か2泊して帰った。
 帰り際、小遣いをくれた。千円札を一枚。
 五百円あれば、たいていのものは買える、そんな気分になる時分の千円だ。分不相応な額と言っていい。
 あのオルゴールのことを思い出していた。

 数日後、一人で出かけた。
 すでに夕刻だった。明るいうちには帰ってこれないのはわかっていたけれども、がまんができなかった。
 スーパーに到着する。2階に駆け上がる。アクセサリーショップに直行、オルゴールを手にする。そのままレジに持って行く。
 店員が、動作確認のためだろう、オルゴールのフタを開いた。砂金のような音色がこぼれ落ちた。
 驚いた。
 『上を向いて歩こう』ではない。デザインがまったく同じで、気がつかなかったのである。

 取り替えをたのんだ。売れてしまった、と女性店員は言う。ずーっと置いてあったのに、と文句をつけた。だが、ないものはどうしようもない。
 納得できず、しばらくそこで踏んばった。店員は困ったような顔で私を見おろしていた。
 そのうちまた入ってくるから。やがて、そんななぐさめの声が聞こえた。
 ふてくされて店を離れた。

 外に出るとすっかり暗くなっている。泣きたい気持ちだった。

 ♪上を向いて歩こう
  にじんだ星をかぞえて
  思い出す 夏の日
  一人ぼっちの夜


 だいぶあとになってから、そんな歌詞を知った。あのときの自分そのものだったことに驚いたものである。

 

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2009年6月22日 (月)

パパイヤ - 八重山2008 その23

Yubu04papa58
 

 パパイヤってうまいんだろうか。

 それはさて置き、その名を聞いて、思い出すのはやっぱりコレ↓。
 栗原景子はワタシより一つ上かそこらだったと思うが、今観ても、ハッキリ言って、いいですなァ。
 今、どうしてるんだろう……と想像もしたくない。このひとは、今もこのまま、永遠にトシを取らない、そう思っていたい……(笑)。
 YouTubeより拝借いたしました(※それにしても、こんな映像をよく残してたねえ、投稿された方……感心&感謝)。
 
 


  
 
 

 SONY α350
 TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO
 place: 由布島

 

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2009年3月25日 (水)

キャンディーズ

Candies582
 
 四天王寺のお大師さんにて。
  

 SONY α350
 TOKINA AT-X Pro AF80-200mm F2.8
 place: 四天王寺

 

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2009年3月12日 (木)

続々・メタルインドカレー - レトルトパック登場

Metal0358

 メタルインドの需要、および供給がかなり安定してきたらしく、なんと、あのナツメロ(※♪メタル~インド~カレェ~……というやつ)さえ聴かれるようになっている。テレビCMが流れているのだ。
 テレビ嫌いな私ですら、あのフレーズを耳にしたということは、その確率を考えると、なかなか積極的に活動しているようであり、ひじょうによろこばしきことであるが、それによって、メタルインドの魅力の一つであるマイナーぶりが色あせはしまいか、という懸念もある。
 いずれにしても、あのフレーズが21世紀の薄型テレビから流れ出してくるとは、まことに感無量というほかはない。
 そんななか、メタルインドのレトルトパックが登場。それを安売りスーパーにて発見し、さっそくゲットした。購入価格は78円だったか79円だったか、そんなところである。これはじゅうぶん百均圏内の価格設定であるから、遠からず巷間の百円ショップで出くわすことになるかもしれない。
 
 結論から述べると、このレトルトメタルは「問題あり」といわざるをえない。
 ちなみに、私の買ったものは〝辛口〟である。
 メタルインドの魅力は、マイナーであること、とびきりうまいわけではないこと、色が今どきめずらしくライト・イエローを呈していること……などなど、ある種のもの足りなさ、B級ぶり、マイナス面が時代に逆らった個性を発揮しており、玄人受けしてきたヒミツであるのだが、このレトルトは、固形版よりも複雑な色――つまり明るい黄色ではない――をしておるうえ、味にしても、「いかにも」なものに仕上がっている。いわばよそ行き、メジャー志向がみてとれるわけで、これは誤った方向である、と製造・販売を手がける大同株式会社には指摘しておく必要がある。
 つまり、「もの足り」ているのである。固形版にくらべて、無個性にまとまっているのが、私にはおもしろくなく、潮流に迎合しているような、地元企業が本社を大阪から東京へ移してしまったようなつまらなさを覚えた。

 さらに不満爆発なのが、このデザインである。とくにその配色だ。赤が基調になっている。なんだんねんこれは? メタルインドならベタベタな黄色と茶色の2色でアピールしなければならないはずではないか……とヒートアップしかかったところで、ひとまず冷静になり、大同株式会社のHPをのぞいてみたところ、中辛も出ており、そちらはほぼ文句のないものになっていた(※茶色がちょっと薄いが)。
 ただ、インド人らしきイラストが描かれているのが、さわやかすぎる。これももっと謎めいた、「怪しいインド人」にすべきだ。
 辛口にしては、香辛料の攻撃力はきわめて低劣で、このあたり、さすがはメタルインドともいえる。

 とにかく、もっとB級色を強めてもらいたいものだ。これならまだ、ボンカレーのほうが昭和の風味をたたえているかもしれない。
 このレトルト版メタルインドは元来の函入りメタルインドとは似て非なるもの、別ものといってよろしかろう。
 メタルインドを愉しみたい者には、なかでもメタルインド入門者へは、このレトルト版は余計な寄り道になり、誤った認識を植えつけてしまうに違いない。函入り固形ルウのなかにこそ、メタルインドの真髄は隠されている――と言っておきましょう。


【参考】
 メタルインドカレー → 
 続・メタルインドカレー → 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)

 

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2009年2月24日 (火)

初恋

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 カメラをさげて散策するとき、いつもiPodを携帯している。
 村下孝蔵の『初恋』を聴いていた。
 そのとき、ちょうど目に映ったものが、唄に合っているような気がした。
 少女のような紅色に惹かれた。


 ♪名前さえ 呼べなくて
  とらわれた心 見つめていたよ

   『初恋』 詩/曲 村下孝蔵 ( 1983 )


 いい唄です。
 

 SONY α350
 SONY 135mm F2.8[T4.5] STF (SAL135F28)
 place: inagawa, hyogo

 

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2008年12月29日 (月)

さよなら、フェスティバルホール

Festatsu0258
  

Fes0658
 

 12/28、山下達郎のライヴを聴いた。私は12/18にも聴いているので、今ツアー2度目となる。
 しかし、この日は特別な意味があった。
 彼にとっても、聴き手である私にとっても最後のフェスティバルホールとなったからである。
 要するに、「フェスを残せ!」という共有の、しかしむなしいことは重々わかっている叫びがあり、それが最高潮に達した日だったワケだ。
 今回のタツローのツアーは、フェスティバルホールが年内で最後、というのが大きな動機になっている。彼自身がそう公言している。

 フェスにおける興行は29日、30日の大阪フィルによる『第9』ですべて終了となる。
 白状すると、私は、正真正銘のファイナルである30日の『第9』チケットをダフ屋から入手してでも聴くつもりになっていた。
 もはや現役指揮者による『第9』に興味はなく、見送っていたのが、ここに来て、私が最初にここで聴いたのは1975年12月、ちょうど33年前であり、そのときも、大フィルの『第9』だったので(※指揮はハンス・ブリューマーという人)、最後もやはり『第9』で……という思いが強まってきたのだった。
 だがゆうべ、コンサート会場をあとにしたときには、もうそんな気は雲散霧消していた。これを自分の最後のフェスの思い出とし、この余韻を墓場までもってゆこうと決意したのである。
 それほどタツローのライヴはすばらしかった。

「これからどこでやるか。まあ、また考えましょう」
 タツローはあきらめの口調でそう言った。まるで追い出され、行き場をうしなった者のようだった。
 実際、追い出されたようなものではあるまいか。ミュージシャンも、われわれも。

 いったん休館、とか、建て替えるだけ、というような説明がある。あたかも、ホールはなくならない、と言いたげだ。寝言は寝てから言いなはれ、と言いたい。
 それは同じ場所に建つというにすぎず、現フェスティバルホールとは無関係な、まったくあたらしい謎のホールとなる。人で言えば、同姓同名の人物をもってきて「同じ人間です」というようなマヌケな理屈である。

 この11月か12月、公演中に、自分が大富豪だったら買い取って庭に移築すると言った歌手がいた。ステージに口づけをした歌手がいた。スクリーンに向かって敬礼をした歌手がいた。最後という思いがつきあげてきて涙した歌手がいた……そんな話が伝わってきている。

 音楽家や役者あってのホールではないのか。

 残すべきだった。

 さようなら、フェスティバルホール。
 

Fes0758
 

Fes0158
 

Fesnight58
 ↑帰り道にみた堂島川
 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)
 place: osaka festival hall
 date: Dec. 28, 2008

 

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2008年12月 7日 (日)

お宝テープをCD化 - ボベスコのブラームス/ヴァイオリン協奏曲

 以下、いささかマニアック、また結果的に、独善的、自慢めいた話になる。さらに冗長である。つい気が入ってしまった。何卒ご容赦ください。


 先日、がらくたをまとめた段ボール箱のなかから、古いカセットが出てきた。
 HITACHIの"LOW NOISE C-90"(すなわち90分テープ)。ケースはない。ハダカのままだ。
 これには記憶があり、たしか、昔のアニメの主題歌が入っていたはず……と、なつかしがって、カセットデッキにセットして再生してみたところ、果たしてそうであった。
 ところが、ずさんきわまる管理だったせいで、テープが傷んでおり、音はボロボロ。鑑賞に堪えるものではなくなっていた。
 そこでにわかに、ほかのテープが気になりだした。とくに音楽番組を録音した(※いわゆるエア・チェック)もののなかには、1回コッキリの放送でソフト化もされず、聴く手段がそのテープのみ、というのがある。

 真っ先に頭に浮かんだのが、ローラ・ボベスコの大阪公演をエアチェックしたカセットテープだった。ブラームスの協奏曲が入っていた。
 ひじょうに貴重な記録だ。というのは、彼女はこの曲にもっとも自信をもっていたにもかかわらず、ついに正規録音を残さなかったからである(※プライヴェート盤が出ていたが、全3楽章完演ではなかったはずで、たしか第1楽章が欠けていた)。
 もしかすると、あれも悲惨なことになっているのではないか……。

 私はあわてた。なにしろ、だいぶ長いこと再生していない。しかも、C-120(120分)に入れてあった。
 C-120というのは、長いテープを巻いてもかさばらないようにするため、テープ厚を薄くしてある。したがって、テープの強度が落ちており、結果、切断・変形などのトラブルを起こしやすいという弱点をもつ。
 片面に1時間番組を途切れ目なく録れる長所があるかわり、そういった短所をも併せもっているわけだ。
 このボベスコのブラームスも、当時、朝日放送でやっていた『百万人の音楽』という、およそ1時間の番組をまるごと録ったものだった。

 試聴してみた。20数年ぶりの音である。
 放送では、演奏の前に司会の芥川也寸志&野際陽子と、ゲストの山口勗氏によるトークが入る。
 それを聴いていると、途中でとんでもないワウが発生したりする。それでも人の会話であるから、内容が聴きとれれば、まずはよい。
 だが、それが音楽となるとそうはゆかぬ。

 いったん停めて、テープを調べたら、案の定だ。いわゆるワカメ状になっている。
 すでにして再生にたえられるかが危惧される状態といえた。場合によっては、2回目のプレイバックは無理かもしれない。
 そこで、のっけからパソコンにつなぎ、デジタル化しつつ聴くことにした。
 かかってくれれば、まだマシだ。途中でテープがちょん切れたりすれば万事休す。そんな思いで再生ボタンを押した。
 祈るような思いで聴きつづけていると、だんだんワウの発生率が下がってきたようだった。音の乱れがたまにしか起こらなくなってきた。
 と突然、テープが停止した。ふたたびカセットをチェック。テープがからまったり、切れたりはしていない。どうやら、一部テープどうしがくっついていたようだ。そこで、できるだけ刺激を与えたくないところを一か八かで、最初まで巻き戻し、さらに早送りと巻き戻しをして、テープ全体をほぐすことにした。
 これが奏功したようで、今度は途中で停止することなく、最後まで再生できた。

 さいわいなことに、肝心の演奏中、音の崩れは数度きりにとどまり、胸をなでおろす。
 AMから録った。音は悪い。当時はステレオ放送はおこなわれていない。
 それでも、ボベスコのヴァイオリンは、ダイナミックレンジのせまいモノラル音声をものともせずに届いてきた。その音色は彼女ならではのもの。気品にあふれ、みずみずしく、優雅であたたかい。そして、しなやかだ。ときとして慟哭するような哀しい叫びがある。
 演奏者と曲名のアナウンスがあり、そこで録音は終わっていた。

 このテープ、あと何年も放置していたら、と思うとゾッとする。
 音はすぐさまCDRに焼きつけた。こちらも寿命については未知数とされるが、カセットのままよりかはずっと安心感がある。
 とりあえずは、ひと安心か。

 この日の演奏をフィリップスがレコードにするつもりだったが流れた、と聞いた。テープは残っているに違いない。フィリップスにやる気がないのなら、Altus、OTAKEN、OPUS蔵、グリーンドア……どこでもいい、発掘に乗り出してくれぬものか。

 ボベスコは2003年9月に亡くなった。
 私が彼女の死を知ったのは、その日よりすくなくとも数ヶ月経過してからのことだった。日本のマスコミは彼女の死にまったく無関心だったのである。
 当時、追悼盤が出た記憶もない。どころか、彼女の死後、新盤(新発見盤)といえば、プライヴェート盤で出ていた〝サロンコンサート〟の復刻、バーバー、ヴュータンの第5協奏曲がそれぞれほかの演奏のフィルアップとしてリリースされたにすぎない。
 ただ死の前年、TDKが売り出したリサイタル盤は快挙と言っていい。
 ヴュータンの第5協奏曲といえば、来日時にNHK交響楽団との協演があった。電波に乗ったので、録音なり映像なりが残っているはずである。
 来年にも、そのCDなりDVDなりを手にできることを願っている。

 最後に――。
 貴重な録音をカセットテープで架蔵しておられる方は多いだろう。ただ保管してあるだけ、という私のようなズボラな人は、今一度チェックされることをおすすめしておきたい。


 【関連項】……『ボベスコのこと』(おもに上記コンサートの思い出話です)→

 
Bobescocdr58
 ↑CDRの完成。手塚幸紀&大阪フィルとの協演。ディスクナンバーは"FeFeFe's Bar lb-02"とした。"lb-01"は同日に演奏されたベートーヴェンで(※これも放送された)、そちらはだいぶ前にCDR化済。
 ちなみに、カセットテープは日立マクセルの"UD C120"。音楽用ではないようだ。
 まあしかし、写真だけなら、カルロス・クライバーの『第9』だって可能なワケで……(苦笑)。


  Brahms: Violin Concerto in D Major, Op.77
  Lola Bobesco(vn)  Yukinori Tezuka / Osaka Philharmonic Orchestra
  ( FeFeFe's Bar lb-02  CDR )
  ※まことに申しわけありませんが、この音源の譲渡・貸出等はできませんので念のため。
  

 SONY α350
 SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC

 

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