コンサート

2009年10月18日 (日)

漆原朝子さんのシューベルト

1017aurushihara5
 

 漆原朝子さんのシューベルトを聴いた。
 あんな優美なヴァイオリンは、30年前に聴いたボベスコ以来かもしれない。
 ちょうど今、街中にただよう、キンモクセイの香りのようだった。
 朝子さんも、シューベルトも。

 会場を出ると激しい雨。
 傘を持たずに来ていた。
 しばらくの雨やどりも、まったく苦にならない。
 その余韻は、まるで花の残り香だった。

 よかった……。
 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)
 place: 兵庫県川西市の《みつなかホール》

 

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2009年9月13日 (日)

兵庫県立芸術文化センターのジェームズ・エーネス

 カナダのヴァイオリニスト、ジェームズ・エーネス( James Ehnes )登場、というので聴きに行った。
 注目しているヴァイオリニストの一人だ。
 彼による、バッハの無伴奏、パガニーニのカプリースは、数多いこれらの曲集ディスクの第1集団に属する名演奏である。

 この日は兵庫県立芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ - コンサートマスター: 豊嶋泰嗣)の第27回定期演奏会であり、指揮は人気の佐渡裕。
 プログラムは、

  ブラームス: ヴァイオリン協奏曲
  ドヴォルザーク: 交響曲第8番

 というもの。
 アンコールは、ブラームスの直後に、エーネスが、パガニーニ(カプリース第16番)、バッハ(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番~プレリュード)。
 佐渡&PACはプログラムと同じ作曲家でそろえ、スラヴ舞曲第8番、ハンガリー舞曲第5番。

 とにかくエーネスを聴きたい一心であったので、なんともはや、ワタクシ、前日までドヴォルザークは第9番、すなわち『新世界』をやるものと思いこんでいた。
 ドヴォ8は高校生のころ、ルドルフ・ケンペのLPをよく聴いていたが、最近はめっきりごぶさた。アンコールのスラヴ舞曲にしても、これまた高校のとき聴いたチェリビダッケ&ロンドン響においてアンコールで演奏された曲として記憶されており、個人的には、なにやらなつかしい匂いのするコンサートとなった。

 私の目当ては、当然、ブラームスであった。
 ところが、おのれの感度の鈍りもあるせいか、感動には至らず。
 もっとオーケストラとソリストとの「やりあい」、対話でもケンカでも融和でもいい、相乗的な果実がほしい気がした。ただし、これは〝協演〟の問題であるので、エーネスへの評価を下げる理由にはならない。
 また彼には、協奏曲なら、ブラームスよりも、ベートーヴェンが向いているように思えた。

 感想を印にすると、以下のような皮肉なものになってしまう。あくまで私的な印象である。

  ◎バッハ
  ◎ブラームス: ハンガリー舞曲第5番
  ◎パガニーニ
  ◎ドヴォルザーク: スラヴ舞曲第8番
  ○ドヴォルザーク: 交響曲第8番
  △ブラームス: ヴァイオリン協奏曲

 アンコール、つまりオマケの4曲に心を動かされた。とくにエーネスのバッハと佐渡のブラームス。
 エーネスのバッハはまさに絶品で、ディスクでの印象を裏切らなかった。
 佐渡のブラームスは、目に見えるような音のうねりが魅力で、最後の最後で「やってくれた」という思いだった。
 私は佐渡の演奏(ライヴ)を以前に一度だけ聴き、自分には合わなかったので、ディスクを一枚ももっていない。が、彼による〝ハンガリー舞曲全集〟などが出れば手を出すかもしれない。


 アーティストに対し、やたらにサインを求めぬ、という決まりをなんとなく自分に課してきたのを、今年になって2度も破った。
 前回は天才ヒラリー・ハーンであるからしかたがなかった。
 今回は、個人的に、ハーン以上にひいきのエーネスである。やはりしかたがない。それにエーネス・ファンというのは、まだ日本にはそう多くはいないだろうし、どうせ会場は佐渡裕ファン(※なんでも、〝サドラー〟と呼ばれるらしい(笑))が大部分であるだろうから、「おまえのファンはちゃんと(日本にも)おるぞ」ということを伝えたかったこともある。
 バッハの無伴奏全曲、ブルッフの協奏曲第1番&第3番、それぞれのCDにサインをもらった。後者は、デュトワ&モントリオール響との共演という豪華版である。いずれも日本盤は出ていない(※会場に開設されたCD売場に積んであるのも、9割が佐渡裕関連のものだった)。
 バッハCDのブックレットを差し出しつつ、「このバッハはホントにすばらしい!」と、つい日本語で言ってやったら、彼の横にいた人が通訳してくれた。あれくらいなら、英語で言えばよかった……。(2009年09月11日 於兵庫県立芸術文化センター)
 

Jehnes5
 

 なお、エーネスは最近、パガニーニのカプリース全曲を再録音した。旧盤のデキからすると、この曲集の決定盤になる可能性がある。今月下旬の発売見込みらしい。届くのを今から楽しみにしている。
 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)

 
 

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2009年4月30日 (木)

my nostalgic 09 - 尾崎亜美さん

 ほったらかしにしてあったカメラのなかに撮影途中のフィルムが入ったままだった。
 電池切れで巻き取れなかったためである。わざわざ新電池を購入&装填するのを面倒がったのだった。
 ずっと気になっていて、今日、ついに現像に出した。DPEショップへカメラごと持ちこみ、電池が切れてるのでそっちでうまくやってくれ、とたのんだ。
 手動で巻き取ることになり、「フィルムにキズがつくかもしれん」とのことだったが、私は「いくらフタを閉じたままだったとはいえ、もうダメか……」と半分あきらめており、つまりダメモトだったので、「かまわない」と応えた。
 すると……ドッコイ、ちゃんと写っておりました。
 つまり、この写真が(今のところ)私の最後の銀塩写真ということになります。

 2003年に大阪南港のATCでおこなわれた尾崎亜美さんのミニライヴを聴いた際、撮らせていただいたものです(※当日は撮影禁止となっていないようでしたので……)。
 亜美さんがライヴをやるという情報を得、ツーリング気分でオートバイにまたがり、(最近話題の)南港ATCまで行きました。
 もっといいカットがあったのですが、その部分のネガ自体が変色、というか退色して、夜間コンサートみたいになってしまっていた……残念。
 とはいえ、これら2枚もたいがい色あせてますけども。

 第2回「音楽の祭日」ATCオズミュージックフェスティバルにて (2003年06月21日)
 

Ao9583 
 

Ao10t582

 

 私は彼女のアルバム『プリズミイ』を今でも愛聴しています。
 

 MINOLTA α707si
 TOKINA AT-X Pro AF80-200mm F2.8
 KODAK GOLD 400
 scanner: CANON LiDE 600F
 place: ATC, osaka

 
 

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2009年4月14日 (火)

鈴木さんの『マタイ受難曲』

Suzuki090412200_2 鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハの『マタイ受難曲』を聴いた。

 鈴木さんの『マタイ』を実演で聴くのはこれが3回目(※CDでもなじんでおり、特別な親近感をおぼえているのか、なぜかしら〝さん付け〟でないと呼びにくい)。
 ただし、今回のは通常版とは異なる、メンデルスゾーン版というもので、歴史的作曲家として著名なメンデルスゾーンが1841年に、埋もれたままになっていた『マタイ』を復活上演したときのヴァージョンという。メンデルスゾーンは、この偉大かつ巨大な作品が認知されていない当時の状況を考え、随所にカットを施したり、楽器変更するなどの〝効率化〟を図り、演奏した。

 それでも2時間半ほどかかっていたのではないか。
 たしかに、好みのアリア(52番など)が聴けぬこともあったとはいえ、終演後にそのことへの不満は残らず、私には、「マタイを聴いた」という実感が充溢していた。
 メンデルスゾーンは『マタイ』をスリム化しはしたが、その力を削ぐことはなかった――ということだろう。

 ソリスト陣も充実していた。身びいきかもしれないが、私には日本人のお二人、アルトの加納悦子さん、バスの浦野智行さんの歌唱が、とくに心に響いた。加納さんの51番レチタティーヴォ、浦野さんの裏切りの場面の迫力など、今も忘れがたい。


 すばらしい音楽だ……。
 あらためて、そう思わされ、その想いが夜中まで浮沈を繰り返したことである。
 

 date and place: 2009年04月12日(日) 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

 

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2009年1月16日 (金)

名手健在

Tsh58
 ↑ザ・シンフォニーホール。私的最愛ホール。ここでタツローを聴く気にはなれぬが。
 

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Tsh090115258
 

 東京都交響楽団ハーモニーツアー 2008→2009 in Osaka and Hokkaido を聴いた。
 コンチェルトでソロをとるのがウト・ウーギと知り、チケットを押さえたものである。
 彼が2004年にローマでやったリサイタルのライヴ盤が出ている。やや陰りがみえるような気がしていた。
 が、ゆうべは違った。
 終楽章では足を踏みならす場面もあるなど、まさに気魄のステージだったのである。
 まったくすばらしいチャイコフスキーであり、アンコールのパガニーニ(※カプリース。それも第24番)がなおみごとだった。
 ウーギ……さすがだ。

  ブラームス ハンガリー舞曲第1番
  チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲
  ドヴォルザーク 交響曲第9番『新世界』

 指揮はレオシュ・スワロフスキー。チェコの指揮者。
 ファゴット奏者の父とピアニストの母の間に生まれる――と、略歴にはあるので、名指揮者ハンス・スワロフスキーとは、すくなくとも直接には無関係のようである。
 メインは彼の棒によるドヴォルザークの『新世界』で、ウーギの名演を聴いたあとで、あとがもつのか……と案じもしたが杞憂に終わった。
 スワロフスキーは堅実で、説得力に満ちた演奏を聴かせてくれた。
 都響の弦セクションがしっかりしているため、なかなか腹にこたえるブラームス、ドヴォルザークだった。
 アンコールはドヴォルザークのスラヴ舞曲第10番。
 大当たりの一夜、というよりほかはない。

 このひと月で4つのコンサートを聴いた。山下達郎×2、ヒラリー・ハーン、そして都響(ウーギ&スワロフスキー)。すべて◎とツイている。 


 ところで――。

 今回のコンサート、B席で2000円だった。それでも空席がチラホラ。欠席者を勘定に入れても、売れ残ったチケットがあったとみられる。
 会場で配布されたチラシのなかに、ポリーニのリサイタルのものがあった。最上の席で25000円。おそらくこれでも瞬間的完売であろう。
 昔、ホロヴィッツが来日して50000円。結果は、周知のとおり、「ひび割れた骨董」だった。
 ポリーニも人間である。好不調はある。25000円出して、「期待はずれだった」では、シャレにならんのではないか。
 もはや、大物演奏家のコンサートは富裕層ご用達と化してしまったようであるな。
 私はかつて、ベルリン・フィルやウィーン・フィルのコンサートで、着物姿でめかしこみ、船を漕いでいる有閑マダム風を何人も目撃しているのであるが……。

 がめついのは本人か、あるいは仲介人か。
 それともガイジンには、まだなお、「ニッポンジン、カネモチネ」「ナンデモ、ブラボーネ」の感覚がドタマにこびりついているのか。「ブラボー」についてはそのとおりかもしれぬが。

 高すぎるよ。 (※ちなみに、上で触れた4つのコンサートの入場料の合計は22000円である)
 

 SONY α350
 SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
 place: The Symphony Hall, Osaka

 

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2009年1月13日 (火)

ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル

Hahn58bw
 

 注目のヒラリー・ハーンを聴いた。
 とくに高域の清澄な音色がすばらしい。しかし、今回のプログラムは、彼女の魅力を全開させるには渋すぎたかもしれない。
 イザイ(無伴奏第4&6番)、アイヴズ(ソナタ第1、2、4番)、ブラームス(ハンガリー舞曲集)、バルトーク(ルーマニア民族舞曲)――というもの。ハッキリいって、胸がときめくものではない。ハーンでなければ、まちがいなくスルーしていた。

 私的にはアイヴズの第2ソナタがよかった。
 アンコールはパガニーニのカンタービレ、ブラームスのハンガリー舞曲第5番(再演奏)。

 よそではバッハ無伴奏の第2ソナタ、エルンストの『夏の名残のバラ』をやったようだ。両者とも私的愛惜曲で、なんでこっちでやらんのか、と腹が立ちもしたが、これらをもうすぐディスクで聴けることを願って待つことにする。
 私は聴き終えて、なんとなく、「彼女にはシューベルトがよさそうだ」と想った。幻想曲、ソナチネ……聴いてみたい。

 終演後、サイン会があり、それこそ長蛇どころか長龍の列ができていた。意外だった。
 今日の聴衆の反応が今イチであり、物音をたてたり、無遠慮に咳きこむのが何人もいるなど、マナーの悪さを感じていたからである。「演奏なんてどうでもええ。有名人やから来たんや」という人種がすくなからずいたのかもしれない。
 私は、サインを求めることはあまりしないのだが、今回は別。はしたなくもならんで、いただいた。なにしろ相手は天才ですから。
 伴奏のリシッツァも、評価の高いピアニストであることを記しておかねば気の毒であろう(※私はイダ・ヘンデルの伴奏をつとめたCDをもつのみであるが)。


 ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル ~於兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
 

 SONY α350
 TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO

  

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2008年12月29日 (月)

さよなら、フェスティバルホール

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 12/28、山下達郎のライヴを聴いた。私は12/18にも聴いているので、今ツアー2度目となる。
 しかし、この日は特別な意味があった。
 彼にとっても、聴き手である私にとっても最後のフェスティバルホールとなったからである。
 要するに、「フェスを残せ!」という共有の、しかしむなしいことは重々わかっている叫びがあり、それが最高潮に達した日だったワケだ。
 今回のタツローのツアーは、フェスティバルホールが年内で最後、というのが大きな動機になっている。彼自身がそう公言している。

 フェスにおける興行は29日、30日の大阪フィルによる『第9』ですべて終了となる。
 白状すると、私は、正真正銘のファイナルである30日の『第9』チケットをダフ屋から入手してでも聴くつもりになっていた。
 もはや現役指揮者による『第9』に興味はなく、見送っていたのが、ここに来て、私が最初にここで聴いたのは1975年12月、ちょうど33年前であり、そのときも、大フィルの『第9』だったので(※指揮はハンス・ブリューマーという人)、最後もやはり『第9』で……という思いが強まってきたのだった。
 だがゆうべ、コンサート会場をあとにしたときには、もうそんな気は雲散霧消していた。これを自分の最後のフェスの思い出とし、この余韻を墓場までもってゆこうと決意したのである。
 それほどタツローのライヴはすばらしかった。

「これからどこでやるか。まあ、また考えましょう」
 タツローはあきらめの口調でそう言った。まるで追い出され、行き場をうしなった者のようだった。
 実際、追い出されたようなものではあるまいか。ミュージシャンも、われわれも。

 いったん休館、とか、建て替えるだけ、というような説明がある。あたかも、ホールはなくならない、と言いたげだ。寝言は寝てから言いなはれ、と言いたい。
 それは同じ場所に建つというにすぎず、現フェスティバルホールとは無関係な、まったくあたらしい謎のホールとなる。人で言えば、同姓同名の人物をもってきて「同じ人間です」というようなマヌケな理屈である。

 この11月か12月、公演中に、自分が大富豪だったら買い取って庭に移築すると言った歌手がいた。ステージに口づけをした歌手がいた。スクリーンに向かって敬礼をした歌手がいた。最後という思いがつきあげてきて涙した歌手がいた……そんな話が伝わってきている。

 音楽家や役者あってのホールではないのか。

 残すべきだった。

 さようなら、フェスティバルホール。
 

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Fes0158
 

Fesnight58
 ↑帰り道にみた堂島川
 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)
 place: osaka festival hall
 date: Dec. 28, 2008

 

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