北海道

2009年10月25日 (日)

my nostalgic 14 - サクラホクトオー号

Sakurahokutoo005
 

 サクラホクトオーを買っておいしい思いをしたことはないが、あえて彼をはずし、馬券をとったことはある。
 皐月賞だった。
 ドクタースパートが優勝、ウィナーズサークルが2着に入線、一番人気のホクトオーは「エエとこなし」に終わった。ただし、ウィナーズサークルは代用、すなわち、私が狙っていたのは同枠にいたスターサンシャインという関西馬だったのであるが……。
 また、兄のサクラチヨノオーはダービーを制しており、私はそのレースで単勝をとっている。
 「♪とったとった~ \(^O^)/」と景気のいいことを書いたが、競馬の収支はそれこそウルトラ赤字であって、もらったレースを忘れられないだけである。

 写真は、引退後のホクトオーが繋養されていた北海道の静内スタリオン・ステーションで撮らせていただいたもの。
 このとき、チヨノオーもとなりの放牧スペースにいたが、草を食っているばかりで、いいショットが撮れなかった(※馬というやつはのべつ草をはんでいるので、なかなか顔をあげてくれない)。

 親父は〝天馬〟の異名をとったトウショウボーイ。3歳(今でいう2歳)では圧倒的な強さを誇り、しかも関東馬。ダービーをとった兄よりも上、というのがもっぱらの評判だった。
 そんなのに私は興味はなかった。
 そのエリートが4歳(同じく3歳)になり、もがきはじめた。
 もがきながらも、随所できらめきを見せる。
 私はホクトオーに、いつしか惹かれるようになっていた。

 どこかしら運のなさを感じさせる馬だった。
 能力は確実にあった。
 2000年に死亡したという。
 本命ながら馬群に沈んだ皐月賞は印象に残るが、それよりも、大外からすっ飛んできた、菊花賞での豪脚(5着)が忘れがたい。

 以下は余談――。

 ところで本日、その菊花賞とか。
 競馬からは完全に離れてしまっている。
 10月に菊花賞なんて……と違和感をおぼえるほどだ。
 土曜の午後、入ったカレー屋のスポーツ紙に枠順が出ていた。
 出走馬に知った名はないが、彼らの父母、母の父になつかしい名前がある。
 そのうち、ナマで観たのはただ1頭、トニービンのみだった。鳴り物入りで来日したジャパンカップ(於東京競馬場)においてである。オグリキャップとタマモクロスが出るのでわさわざ遠征したのだった(※私はあのレース、(河内ジョッキーがふつうに乗っていれば)オグリキャップが勝ってたはずや、と今でも信じている。優勝はアメリカのペイザパトラー、タマモ2着、オグリ3着、トニービン5着)。
 そのトニービンも今は亡い。
 今回の菊花賞に出走するトニービンの孫、フォゲッタブルは、前走のセントライト記念では追い込んで3着、とデータをみるかぎり、長丁場がプラスにはたらきそうなレースをしている。
 複勝で遊んでみようか(笑)

 ■ サクラホクトオー 14戦05勝
    (父)トウショウボーイ (母)サクラセダン (母の父)セダン
 

 MINOLTA α707si
 TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO
 FUJICHROME Velvia (ISO50) 
 scanner: CANON LiDE 600F
 place:  北海道静内町(現新ひだか町)の静内SSにて
 date: 1995年09月


 【シャコンヌ狂時代】 デネシュ・ジグモンディ Denes Zsigmondy ( Z )

 

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2009年9月29日 (火)

my nostalgic 13 - あのときのコルチカム

Colchicum081005015
 
 昨日、コルチカムのことを書きました。
 あのとき、庭先で撮らせてもらった一枚です。
 もらった球根は、兄弟かもしれません。
 色はこちらのほうが、ずっと鮮やかです。北海道の空と大地のなせるわざでしょうか。
 

 SONY α350
 SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
 place: 北海道斜里町
 date: 2008年10月05日

 

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2009年9月28日 (月)

コルチカムが咲いた

Colchicum045
 

Colchicum015
 

Colchicum055
 

Colchicum035
 

 去年、北海道を旅していたとき、斜里町の民家の庭先(※塀などはまったくない)に咲き誇っているのがあまりにきれいだったので、オートバイを停めて観賞していたら、その家のなかからオッチャンが出てきた。
「なにしとるべ?」
「何ちゅう花ですかね?」
「訊いてくる」
 そう応じて家のなかへもどった。
 ふたたび現れた。
「コルチカム」
「撮らせてもらえませんか?」
 何枚か撮影し、礼を言ってオートバイまで引き返した。そして、今聞いた花の名を旅の手控帳に記した。
 すると、さっきのオッチャンが私のところまでやって来て、「やるよ」とおっしゃる。
 私の手のひらに球根が一つ、載っていた。
 バッグのすみっこに入れてその後も旅を続けた。

 帰阪後、そのうち植えようと思いつつも、自宅はそのような環境にないので、ずるずるとそのままになっていたら、球根から生気がうしなわれてきた。萎れてきたのだった。
 実家に帰る用ができ、庭に植えてもらった。もう11月になっていたはずであり、球根はミイラのようになってしまっていた。
 春になり、球根を植えたあたりから葉っぱが延びて大きく開いた。ほかにも植物は植わっている。それがコルチカムと決まったわけではない。で、調べてみたら、どうやらそれらしくはあり、私はそうと信じて見まもることにした。

 それが、セミが鳴きはじめたころ、突然枯れてしまった。
 あれから何度目かの実家訪問の際、その場所から葉っぱが消え、土がむき出しになっているのに気づいた。あれはどうした? と訊くと、枯れてしまって処分した、とのことだった。
 残念だが、しかたがない。関西の土に合わなかったのかもしれず、また、植物にも体力があって、植えたときにはそれがじゅうぶん残っていなかっただろうから、成長しきれなかったのかもしれない。

 ところがだった。
 昨日、実家に顔を出し、なにげなく「あの場所」を見ておどろかされた。
 色はやや薄く、また姿形も弱々しいが、まぎれもない、北海道で観たあの花が咲いていたのである。
 母親を呼び、その花を指さして、あれからここに植えたのか、とたずねてみた。知らない、と首を横にふった。それじゃ、これがアンタのゆうてた花か? と逆に訊かれ、私は黙ってうなずいた。

 北海道へは毎年、それこそ「万難を排して」訪れるのが習慣になっている。人生の一部と言っていい。それが今年、義理やらなんやらで、どうしてもスケジュール調整がつかず、切符を押さえていたにもかかわらず、行けなかった。
 私はこの花が、(そんな私への)北からの便りのように思えて、むしょうにうれしくなった。おそらく、今ごろ、あの家の庭先にはコルチカムの花が満開なのに違いない。

「生きとったんやなァ」と私。
「ほんまやねえ」と母親が笑った。
 

 SONY α350
 TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO
 place: hyogo

 

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2009年8月 2日 (日)

my nostalgic 12 - 丘のまち

Biei1990s6

 

 美瑛は〝丘のまち〟と呼ばれる。
 最近、このあたり(※となりの上富良野)に観覧車が出現したらしい。これを決定した連中はいったいどういう脳ミソをおもちなのか。信じられない愚行である。

 90年代に撮ったポジを起こしたもの。四隅の黒ずみは「ケラレ」といって、レンズ先端に装着したフィルターが(厚みがあるために)、画面に干渉して発生する現象。
 

 MINOLTA α707si
 MINOLTA AF24-85mm F3.5-4.5
 place: biei, hokkaido
 date: 1990s
 


 【シャコンヌ狂時代】 巌本真理 Mari Iwamoto ( I )( 1949)

 

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2009年7月31日 (金)

morning woods

Rausumorning6

 morning wood と "s" を省くと、まったく別の意味になる。
 

 SONY α350
 SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
 place: 北海道羅臼町

 

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2009年7月24日 (金)

my nostalgic 11 - 忘れ得ぬ人 in Hokkaido( 2 )

Onsenryonin6

 池田一行さんといって、自称〝温泉旅人(おんせんりょにん)〟。
 全国の温泉という温泉を巡りに巡って、その数や3000を超えるという。
 それだけにとどまらない。『これが温泉だ!』という本を自費出版。現物をみせてもらったが、すばらしい仕事だった。
 すべてをみずから撮り、みずから書いている。おのれの皮膚で感じた温泉の印象をストレートに書き表した力作で、そんじょそこらのガイドブックなどとは次元が違っていた。
 さすがは旅人だけあって、ネット上では、旅先などで池田さんと出会った方々の記述がちらほら見られる。

 耳をかたむけているのは、茨城のIさん。茅葺き屋根の職人をしておられる。ここ(然別峡野営場)で出会い、晩餐をともにした。
 一泊のつもりが、翌朝、池田さんと談笑するうちに時間が過ぎ、また、ほかのキャンパーらと仲よくなったりして、ともに連泊することになってしまった。

 とにかく、池田さんの温泉にかける情熱には、口先ではないほんものの迫力があった。
 なにかに打ちこめることのすばらしさを、その気魄で教えてくれた。
 まさに「温泉旅人」である。

 露天(野天)風呂に入るたびに、温度計を握りしめた池田さんのことを思い出す(笑)。
 

※国設然別峡野営場はこの年(すなわちこの直後)、台風によって壊滅的な打撃を受けた。魅力的な森林は消滅してしまい、ただの山間広場になってしまった。
 

 date: 2006年09月

 

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2009年7月15日 (水)

my nostalgic 10 - 忘れ得ぬ人 in Hokkaido(1)

Abashiri6  

 2年前、網走のキャンプ場で隣同士になった方です。
 このとき、67歳。宝塚市仁川在住。
 仕事をリタイアしたのち、12年連続の北海道。キャリア(荷台)は特注。
 滞在予定は40日間とおっしゃっていた。
 スイス、ニュージーランドにも行かれたそうですが、それでも北海道が色あせることはなかったとのこと。
 こういう元気人、ホンモノのアウトドアマンに遭えるのが、私にすれば、北海道の魅力の一つ。自分など、まだまだ青い、と思わされ、元気が出る。

 師匠、無断掲載スミマセン。今も元気で走ってはるかなァ……。
 

Abashiritent6

 このときのわがキャンプ風景。上の写真の方のテントは、私の立ち位置からさらに後方。ソロキャンパーは、お隣さんとベッタリくっつかないものである。くっつきたがるやつもいるが……。

 
【網走呼人浦キャンプ場】
 キャンプ場の評価としては(中)というところだが、タダなので文句はいえぬ。ひとつ言わせてもらえれば、トイレの個室が一つしかないのは、自分としてはヒジョーに心もとない。シーズン中ならたいへんなことになってしまいそうだ。

 

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2009年6月30日 (火)

フェリーで帰る - 北海道2008 final

Hamanasu02580

 現在、新日本海フェリーにおける、舞鶴~小樽航路の所要時間は20時間。
 以前は30時間だった。時間が短縮されたのは船の性能があがったことによる。
 私は船旅が好きで、30時間でもまったく退屈しない。20時間だと、もの足りなく感じるほどだ。
 この短縮は、ビジネスに関わる方にとってはありがたいことなのかもしれぬが、私のような旅者にとってはいいことは一つもない。

 以前は小樽が早朝着、舞鶴は夕方着で、それぞれ、到着直後に旅を始められる、帰って行きつけの店でイッパイやれる――なんて愉しみがあった。
 ところが今は小樽には夜の9時、舞鶴着もそのあたり、と降り立つとそこはもう夜。つまり、寝るしかない。

 また朝食はバイキング形式であって、1500円もする。朝からそんなに食ってどうすんの? 私は利用したことがない。どうせバイキングを採用するなら、昼か夜にすべきではないか。

 高速船になり、相対的に発生する向かい風が強くなった。危険だということで、航行中、開放されているのは後部デッキのみである。

 映画上映もショボい。好みの作品に当たることがひじょうにすくない。ソースはDVDのようである。機器にディスクをセットするだけなのだから、一日5~6本は流せるだろう。

 以前よりよくなったと思えるのは、トイレにウォシュレットが設備されたことくらいか。

 新日本海フェリーは太平洋側の会社よりも料金が安いらしく、そこはありがたい。
 しかし、船旅本来の魅力は、以前に比して激甚的に低下した。

 また、油の値段が上がると敏感に反応してたちまち料金に反映されるが、下がった場合は知らん顔のようである。

 せめて入港時刻を朝に設定してくれるとありがたいのであるが……。
 

 SONY α350
 SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
 place: 新日本海フェリー『はまなす』内

 

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2009年6月14日 (日)

straight road 02 - 北海道2008 その38

Shariroad58
 

 SONY α350
 SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
 place: 北海道斜里町

 

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2009年6月 3日 (水)

footprint 03

Fpsb

 
 何度も使いまわしている画像で、少々気がさすが……。
 ヒグマのものである。アイヌモシリ(北海道)において、イワナやヤマメをもとめて徘徊していると出くわす。この足跡のそばには、足跡(小)もならべて押されていた。
 子連れのママグマが要注意というのは常識であるが、こういう場所はまた釣れるのですワ。痛し痒し、愉し恐ろし……なのですなァ。
 とにもかくにも、こういう場所では、クマ除けの鈴必携である。もっといいのは近づかないことですけどネ。

 ヒトがクマに襲われたというニュースをたまに聞く。
 だれかが襲われると、銃をもった連中がそのクマを追いかけて撃ち殺すことがある。
 やむにやまれぬ場合もあろう。だが、どうも釈然としないコトのほうが多い。果たしてホントにクマが悪いのか?


  この世には
  狂暴な動物なんて
  いはしない
  人間が
  彼らを
  そうさせるまでは

      ――マーク・トウェイン

 

 CANON IXY DIGITAL 200 (借り物)
 place: hokkaido

 

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