音楽

2009年12月22日 (火)

ベートーヴェンの第9 その五 - セル69年盤

Szellbee920
 
ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125
Beethoven: Symphony No.9 in d minor, Op. 125

 セル / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ( 1969 live )
  George Szell / Vienna Philharmonic Orchestra
   ( LIVING STEREO LS 1054  CD )


 ジョージ・セルの第9。
 クリーヴランド管弦楽団とのものが知られているが、こちらはウィーン・フィルとの組み合わせ。
 セル&ウィーン・フィルといえば、ORFEOから出ているベートーヴェンの第5がすばらしい。

 突進力と歯切れの良さが魅力である。
 私的にはクリーヴランド盤よりも凄絶なこちらを採りたい気がする。ただ、今となっては入手難かもしれない。
 音質はまずまず良好。いちおうステレオではあるが、音の拡がりはそれほどでもない。
 正規盤登場期待。

 1969年06月22日、ウィーンでのライヴ。

 

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2009年12月19日 (土)

ベートーヴェンの第9 その四 - バーンスタイン89年盤 

Bernstein920
 
ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125
Beethoven: Symphony No.9 in d minor, Op. 125

 バーンスタイン / バイエルン放送響+各国オーケストラメンバー ( 1989 live )
  Leonard Bernstein / Bavarian Radio Symphony Orchestra
   ( DREAMLIFE DVLC-1181 DVD-JAPAN )


 映像第9の〝われにおいて最高〟。
 ベルリンの壁崩壊記念コンサートを実況録音したもの。
 指揮はバーンスタイン。
 オーケストラはバイエルン放送交響楽団を主体とした合同オケ。ドレスデン国立管やニューヨーク・フィルハーモニック、ロンドン響、 レニングラード・キーロフ歌劇場管(※レニングラードは91年サンクトペテルブルクに名称変更)、 パリ管などの団員がオーケストラ・メンバーとして加わっている。
 浪花節の第9とでも言おうか。

 音楽鑑賞というより、80分のドラマを観るおもむきがあるが、演奏もすぐれている。
 臨時編成オーケストラゆえの限界も、ところどころにみられる。そういうのを許せぬ人には薦められない。
 私自身は、ライヴにおけるミスについては「あって当然」と考えるタチなので、気にならない。

 バーンスタインの指揮する姿が感動的だ。聴き手であるこちらが胸を締めつけられるようなすさまじい気合いと集中ぶりで、これで寿命を縮めたのではないかとすら勘ぐってしまうほどである。

 音声だけのCDも出ているが、これに手を出してはならない。
 バーンスタインが最後の棒を振りきった直後、真っ白な間(ま)が生まれる。聴衆は余韻をかみしめる。そしておもむろに拍手が湧く。この間(ま)がさらなる感動を呼ぶのに、CDではなんともはや、これをみじかくカットしてしまった(※初出CD。現行盤は未確認)。
 CDを出しているのはドイツ・グラモフォン。フルトヴェングラーのCDなどでも小細工をやらかしていた。
 それにしても、たった数秒のカットになんの意味があるというのか。
 名門レーベルもいよいよ地に墜ちたと言わざるをえない。

 歌詞の一部を変更したりもしていて、賛否の分かれる演奏であろうが、私は積極的一票を投じたいと思う。

 1989年のクリスマス、ベルリンのシャウシュピールハウスでのライヴ。
 バーンスタインは翌年の10月に亡くなっている。

 

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2009年12月17日 (木)

ベートーヴェンの第9 その参 - ベーム70年盤 

Bohmbee920
 
ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125
Beethoven: Symphony No.9 in d minor, Op. 125

 ベーム / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ( 1970 )
  Karl Böhm / Vienna Philharmonic Orchestra
   ( DG UCCG-3044  CD-JAPAN )


 スタジオ録音の第9では私的ベスト。
 ベームが1970年ドイツ・グラモフォンに入れたもので、ウィーン・フィルとの1回目の録音である。
 ベームはデジタルでも同じくVPOと再録音し、それは彼の〝白鳥の歌〟として有名だ。
 演奏は断然、当70年盤のほうがよい。
 合唱がやや荒っぽく、ときにがさつにさえ感じられるのが難点も、そのぶん、ウィーン・フィルがすばらしい。

 このころのベームはきわめて充実しており、翌71年に入れたモーツァルトのレクィエム(DG)などは、この第9以上に魅力的で、「われにおいて最高」盤となっている。

 

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2009年12月15日 (火)

ベートーヴェンの第9 その弐 - テンシュテット91年盤 

Tennstedtbee912
 
ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125
Beethoven: Symphony No.9 in d minor, Op. 125

 テンシュテット / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ( 1991 live )
  Klaus Tennstedt / London Philharmonic Orchestra
   ( RARE MOTH RM 410-S  CDR )


 ステレオ第9では〝われにおいて最高〟。
 テンシュテットの『第9』は正規・非正規合わせて4種ほど出ているが、これがもっとも燃焼度が高い。

 海賊CDR。
 現在は、イタリーのうさんくさいレーベル、MEMORIES EXCELLENCE がプレスCDで出しており、入手易である。
 録音は良好も、一部ゴーストが気になるところもある。
 BBCから出ている85年盤も魅力的であるが、この91年のほうがはるかに壮烈なものに仕上がっており、惹かれる。
 85年はまだ格式を重んじているが、91年では遠慮のない〝オレ流〟の演奏となっているように思う。
 このあいだに、テンシュテットはガンに倒れ、そして復活した。その体験が彼を変えたのか。
 最終コーダの爆発力は、フルトヴェングラーと比較しても遜色はない。
 また、合唱の響きが美しい。
 正規音源によるCD化が待たれる。
 
 このディスク、京都のディスクショップで買った。
 店内で流されているのを偶然耳にした。とんでもない演奏で、ぜひほしいと思い、「ただ今演奏中」のディスクのケースが飾ってあるのを見れば、そのころ出たばかりの、佐渡裕の『第9』である。
 私は佐渡の『第9』は実演で聴いたことがあり、正直なところ、まるで感動できなかった。こんなにすごい指揮者だったのかと驚き、ともかく買うことに。
 それにしても実演での印象とかけはなれている。念のため、「ホンマにこれがかかっているのか?」と店員にたずねたら、「ああ、これはもうすんだやつ。今かかってるのはこれ」。そう言い、彼の差し出してきたのが、このテンシュテット盤であった。

 1991年08月31日、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ。

 

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2009年12月11日 (金)

柴田敬一 《ライツ・アンド・シャドウズ》

Shibatala20
 
柴田敬一(ピアノ)  《ライツ・アンド・シャドウズ》 ( 1985 )
Kei Shibata(p)  "LIGHTS AND SHADOWS"
  ( SOUND DESIGN RECORDS INC. SHIZEN-P33S20013 CD-JAPAN )


 柴田敬一のピアノ・ソロ・アルバム。
 私の宝物的ディスク。アナログももっている。
 全篇にただようほのかななつかしさは、過ぎ去りし日のまぶしい場面の数々を思い起こさせずにおかない。

 すべて珠玉と言っていいが、あえて一曲選ぶとなれば、ラストの"VEIL OF DARKNESS"だ。
 聴いていると、なつかしさを抑えきれず、なぜか幼稚園から小学校へ入学したあたりの記憶がよみがえってくる。
 ジャケット写真が、北海道ゆかりの前田真三だけに愛着もひとしお。

 1985年の発売だから、もう25年のつきあいになる。
 今でもキャンプへ行くときなど、かならずもってゆく。そして"VEIL OF DARKNESS"は旅のエンディング・テーマとなっている。
 旅の最後の夜が明け、最後の朝を迎える。
 準備完了。コーヒー飲みながら、これを流す。
 さびしい。だが、そこがいい。


  DANCING LEAVES / ダンシング・リーヴス
  YEARNING FOR CHILDHOOD / 幼心への憧憬
  SPIRIT OF TREES / 木霊
  HAVEN / 安息の地
  LIGHTS AND SHADOWS / ライツ・アンド・シャドウズ
  OFFERINGS FROM THE EASTERN KINGS / 東方の王たちの捧げ物
  LITTLE STREAM / せせらぎ
  BREEZING IN THE FOREST / こずえを渡る風
  VEIL OF DARKNESS / 夜のとばり


※ここまで書き、アップしたあと、柴田敬一の近況を知るべくググッてみたところ、なんと彼は去る8月に永眠していた。
 この《ライツ・アンド・シャドウズ》は、繰り返すが、私の宝物のようなディスクで、発売と同時に、当時梅田のグランドビルにあったレコード店《DAIGA》で偶然出くわして購入、それ以来愛聴しつづけている。
 ご冥福を祈ると同時に、哀悼の意、そしてなにより感謝の意を捧げたいと思う。

 
  

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2009年12月 4日 (金)

ジェームズ・エーネスのパガニーニ

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■パガニーニ 24のカプリース(奇想曲)作品1
  Paganini: 24 Caprices, Op. 1
  ジェームズ・エーネス (vn)
  James Ehnes (vn)
   ( onyx ONYX 4044  CD-EU )


 エーネスの弾くパガニーニのカプリース全曲。
 彼にとって2度目の録音である。
 旧録もじゅうぶん満足できるディスクだったが、新録はその上をいく。
 期待&予想どおりのデキだ。

 手許にはほかに、ミンツ盤、五嶋みどり盤、レビン盤、ピカイゼン盤などがあるが、今回のエーネス盤は、それらすべてをしのいでいると感じる。ただし、世評高いアッカルドの新盤やパールマン盤、リッチ盤、いずれも未聴なので、これを最高と決めつけるには説得力に欠けるだろうから、それは控えなければならない。
 ともかく、このエーネス盤がこの曲集ディスクのトップクラスにあるのは確実だ。

 録音もよい。残響が豊潤でありながら楽音と混濁していないので、エーネスのすばらしいテクニック、美しい音色を堪能できる。

 彼からは今後も目が離せない。

 

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2009年11月27日 (金)

ミラ・ゲオルギエヴァのベートーヴェン

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■ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61
  L.V. Beethoven: Violin Concerto in D major, Op. 61
  ミラ・ゲオルギエヴァ(vn) ロッセン・ミラノフ / ザ・ニュー・シンフォニー・オーケストラ・ソフィア
  Mila Georgieva(vn)  Rossen Milanov / The New Symphony Orchestra Sofia
   ( K&K VERLAGSANSTALT 番号なし )


 偶然と気まぐれで手に入れたCDが大当たり。

 彼女のヴァイオリンは、線は細いが、しなやかで、とにかく音が美しい。それだけでなく、聴き手の心に染み入る音楽的な力もじゅうぶんだ。
 豪快かつ雄大なミラノフの指揮も魅力。だが、ゲオルギエヴァの優雅で伸びやかな音楽はそれ以上の豊かさをもってホールを満たしている。

 録音については、残響多めで、それがやや人工的。しかし、この演奏のすばらしさをスポイルするものではない。

 ミラ・ゲオルギエヴァは、1976年生まれ。
 当盤は1999年04月06日、ブルガリアでのライヴであるから、22~23歳時の録音。

 ブルガリアの女流ヴァイオリニストといえば、まずストイカ・ミラノヴァ、そしてボジダラ・クズマノーヴァなどの名が浮かんでくる。いずれも魅力的な演奏家である。
 私的好みでいえば、このゲオルギエヴァのベートーヴェンはS・ミラノヴァ盤(Balkanton BCA 10433)に遜色なく、むしろ上かもしれない。

 

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2009年11月17日 (火)

『夏の名残のバラ』 - 服部緑地 2009秋 14

091108hrroses25
 

 『夏の名残のバラ』という曲がある。
 イギリス民謡で、原題は"The Last Rose Of Summer"。日本では『庭の千草』として有名だ。

 ヴァイオリンの名手だったエルンストという人が、これを主題にしたヴァイオリンのための練習曲を書いた。ヴァイオリン一挺、すなわち無伴奏で弾かれる。正確には練習曲第6番という。
 この曲、愛らしささえ感じられて聴くほう(私)にはけっこうなのであるが、弾くほうにとっては高度な技巧を要求されるやっかいな曲であるらしい。

 エルンストの『夏の名残のバラ』は時間にすると10分ほどの曲で、これ一曲でアルバムにはできない。だから、〝ヴァイオリン名曲集〟というようなアルバムにふくまれていることが多い。
 ほかの曲を目当てで買ったところが、この曲も付いてきたということも何度かある。
 古書店で一冊買って帰り、開いてみたら、ホロリとなにかが落ちて、拾ってみると押し花だった、という経験があるが、あれに似ている。
 ちょうど、書物にはさみこまれた、押し花のしおりを連想させるのである。
 
 いろいろな演奏がある。「われにおいて最高!」はクレーメルの2回目の録音。→
 また、ヘイリーが美しい歌唱を聴かせてくれている。→
 
 
 小春日和――。
 バラが咲いていた。
 もはや「夏の名残」とは言えないけれど、過ぎ去りし夏を想いつつ、シャッターボタンを押しました。
 私の『夏の名残のバラ』のイメージは、ホントはピンクのバラなんですけどね……。
 

 SONY α350
 SONY 135mm F2.8[T4.5] STF (SAL135F28)
 place: 服部緑地


 【シャコンヌ狂時代】 日下紗矢子の無伴奏ソナタ第3番 ( & )( 2008 )

 

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2009年10月29日 (木)

900000000円

 名ヴァイオリニストのアーロン・ロザンドが愛器のグァルネリウスを手放した――というニュースがあった。
 音楽家生活から引退するのだろうか。82歳というから、そういうことなのかもしれない。あるいはすでに引退していたのかもしれない。
 彼のグァルネリウス・デル・ジェス〝コハンスキ〝は1741年製作、歴史的名器として知られていた。

 その買値が9億円。史上最高額という。
 これについては、その時代のレートというのがあるから、一概には言えないが、昨今の世界的不況を考慮すれば、実質的にもダントツの史上最高ではあるまいか。

 グァルネリウス・デル・ジェスというのは、グァルネリ一族というヴァイオリン製作の名門があり、そのなかでも名人とされたバルトロメオ・ジュゼッペ・アントニオ・グァルネリが造ったヴァイオリンをさす。
 日本人演奏家では、五嶋みどりがデル・ジェスを使っている。

 ジュセッペ・グァルネリは、ストラディヴァリとならんで、史上最高のヴァイオリン製作者とされている。
 伝えられるところでは、実直なストラディヴァリに対し、グァルネリは酒好きの女好きでだらしのないところがあったという。そんなエピソードを聞くと、私などは、グァルネリのほうに親近感を抱いてしまう。

 こういうのは、買い手が値段を決めるものだろうから、これを高いとか安いとか言うのは筋が違っているだろう。
 ともかく、この〝コハンスキ〝が、美術品扱いされて、「すぐれた」(※ここが大事)演奏家の手から遠ざけられないことを願うばかりである。

 私はクラシック音楽に親しみ、なかでもヴァイオリン音楽を好んで聴いているが、実は、いまだに楽器の音がわからない。レコードやCDを聴いて、それがストラディヴァリウスであるかグァルネリウスか、あるいはグァダニーニであるか、聴きわける自信はゼロである。
 わかるのは、それが「いい音」であるか、「そうでない音」であるか、だけだ。
 しかし、クラシックにうるさい人のなかには、「さすがはストラディヴァリウスだ」とか「グァルネリならではの……」とかそんなことを言っている人がいる。わかる人にはわかるらしい。

 話を元に戻すと、私はヴァイオリンを売ったロザンドの演奏が聴けるCDやDVDをもっている。
 その900000000円の音が入ったディスクがいくらかというと、2枚組のCD(写真右下)で2000円、DVDは香港製で10ドル、すなわち1000円足らずだった。

 ウナギ屋の前を通りかかる。高級ウナギ自体はいい値段であるが、匂いはタダだったりする。
 品のないことを想像してしまった……。

 
Rosand


 ※写真にうつっているヴァイオリンが9億円のグァルネリ・デル・ジェス。ロザンドの演奏も楽器に負けていない。とくに、写真下のバッハ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータはオススメです。なにしろ2000円ですからお買い得。今後は、〝史上最高額ヴァイオリンによるバッハ!〟――などという惹句がそえられるかもしれませんね。
 

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)

 

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2009年10月28日 (水)

キース・ジャレット - 《ケルン・コンサート》

Keithkoln25
  

 先だって、キース盤をならべた。
 だが、これを抜きにしてキースは語れまい。

 すべて即興という。
 信じがたいほどであるが、ストック・フレーズをためるだけためて一気に吐き出したとしても、これだけのものができるとも思えぬ。
 まさに奇跡の名盤だ。

 20歳のころ、バイク事故を起こし、ひと月ほど入院した。そのとき、同じ病室にいたSさんに教えてもらった思い出深いディスクである。
 病院のベッドの上で、Sさんから借りたカセットを、これまた友人から借りたウォークマンで毎夜毎晩聴いた。
 ひと足先に退院が決まったときに、Sさんはそのカセットをプレゼントしてくれた。もちろん、今でももっている。
 大きな出会いだった。Sさんとは退院後、音信不通となってしまったが、私はこの《ケルン・コンサート》をいまだに聴いている。

 ちなみに、私が初めてCDプレーヤーを買おうと思ったきっかけは、この《ケルン・コンサート》がCD化されていることを知ったことだった。(※初版CDでは、パート2Cが未収録だった。) 

 夜に聴きたい。
 北海道を旅する。森のなかで焚き火をやりながら、これを聴く一夜が、かならずある。
 今年は行けなかった。
 LPをターンテーブルに載せ、ひさしぶりに聴いた。

 目を閉じて耳をかたむける。
 あの病室を思い出す。
 そして、自分はいつしか大雪の森のなかにいる。
 しあわせなんて、すぐそばにあるじゃないか。
 そんなことをつぶやく。


 ■ Keith Jarrett(p) "THE KOLN CONCERT"
   ( ECM 1064/65  LP-W.GERMANY )

 SONY α350
 SONY α50mm F1.4(SAL50F14)

 

 以下はウンチク――。
 超有名盤――というより、もはや歴史的名盤――なので今さら付記することもない。ただし、これを聴く場合、できることならCDよりもLPがよく、そしてその場合は、絶対にドイツ盤を採るべきであることを言っておきたい。

 アメリカ盤はテープ転写が激しく、冒頭部分など、ゴーストが2、3度聞こえてから実音が聞こえだす。日本盤(トリオ・レコード)でもゴーストが1度聞こえる。オリジナルのドイツ盤にそうした瑕疵はない。音にしても、やはりオリジナルの強みでドイツ盤がもっともいいような気がする。
 CDがなぜよくないかというと、音質面で不満はないものの、編集に問題があるからである。
 「LPにおける第3面の冒頭」が欠落しているうえ、にもかかわらずなにもなかったようにつなげてしまっており、まったく修正されぬまま今に至っているのだ。理解しがたい。 

 

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