ここ最近、過去のネガをスキャナーで写真に起こし、パソコンで整理するという作業をのんびり進めている。
出てきたものを、ついでにネタにもしてみるのである。
信州・北アルプスにはいろいろなコースが用意されている。
このときたどったのは〝裏銀座コース〟。
前年、中央アルプスを単独縦走しており、ステップアップしたつもりの登山だった。
日時は2002年08/28-09/03、ルートはざっと次のとおり。
新穂高温泉→●双六岳→三俣蓮華岳→鷲羽(わしば)岳→水晶岳→●野口五郎岳→●烏帽子岳→不動岳→七倉乗越→●船窪野営地→北葛岳→蓮華岳→針ノ木岳→●大沢小屋前野営地→扇沢 (●=泊)
テント泊の単独行である。
気まぐれにしか登山をやらぬ者には、文字どおり、やや荷が重かったかもしれない。
とにかく、しんどかった……。
たしか荷物は、絞るだけ絞り、それでも水抜きで18キロだったように思うが、途中で遇ったヤツは30キロを担いでいた。そいつもしんどそうだったな。
〝表銀座〟はすでに踏破していた。〝裏〟のほうがよっぽどキツいし、コワい。が、そのぶん達成感もまるで異なる。個人的には〝裏〟のほうが好きである。
百名山の水晶岳(水晶小屋)あたりまでは人も多い。だが、その後野口五郎方面へ歩きはじめると、ほとんど人の姿を見かけなくなった。
↑(左)双六岳で一泊す。山吹色のテントがワタシのもの。 (右)三俣蓮華岳の三俣山荘前から槍ヶ岳を望む。
このあと、鷲羽岳&水晶岳と続く。水晶岳はちょっとだけコースをはずれることになるので、分岐の水晶小屋に荷物を置いておき、空荷で登った。
↑野口五郎岳。(左)すでにシーズンオフか、だれもいない。 (右)北アルプスの夕映え。アーベントグリューエン(=「夕刻の栄光」)という。
野口五郎小屋はすでに営業を終了していたので、登山客はおらず。テントも私のひと張りのみ。みごとなアーベントグリューエンを独り占めだ。写真は、色あせているのではない。このように黄金色に染まる現象なのである。夜は風がめちゃめちゃ強かった。
船窪野営地は「テントを張ってよい」というだけの広場。粗末なトイレ、涌き水がある(ちょっと危険な場所にある)。
有料となっているが管理人はいない。どうなっとるのか、と思っていたら、暗くなりかけたころ、集金人が来た。その先にある船窪小屋からやって来るのである。かなりの高低差がある。利用料金は500円だったと記憶するが、それだけのためにご苦労さまなことだと思った。
水場から帰ってきたらその人はいた。外人サンだった。アルバイトという。ニコニコしている。ここまでの道のりをまったく苦にしていない。
それもそのはずで、その人はネパールのシェルパ族だった。エベレストをマクラにしている民族にすれば、この程度はタバコを買いにゆくくらいのものらしい。
写真を撮っとけばよかったと悔やむが、もうバテバテでそれどころではなかったようだ……。
↑北葛岳と蓮華岳のあいだには〝蓮華の大下り〟がある。500メートル以上の高低差だ。私の場合、これを逆に登る。大上りである。
蓮華岳はコマクサの群生地。9月であり、すでにその時季を終えていたが、咲き残りがまずまず観られた。最盛期はさぞかしと思われる。
前から観たいと思っていた白いコマクサを発見し、驚喜す。
↑白いコマクサはめずらしい。
その後、針ノ木小屋から下山開始。大沢小屋のキャンプスペースで最後のキャンプ。ひさしぶりに缶ビールを飲んだ。だが、それよりも好きなだけ水が飲めるよろこびのほうが大きかった。
翌日、扇沢に到着。縦走を完遂した。
だが、旅はまだ終わっていなかった。
その足で松本へ向かわねばならない。
夜、松本で小澤征爾&サイトウ・キネン・オーケストラによるベートーヴェンの『第9』を聴くことになっていた。そもそも、このコンサートに合わせて登山計画を立てていた。
無理のない行程を組んだつもりも、一日でも遅れれば、高額チケットがフイになる。おかげで集中力が高まったかもしれない。
↑朝の6時。大沢小屋のキャンプ地にて。ここから扇沢までは平坦路。危険な場所はない。どうやらコンサートには間に合いそうだ。
↑ゴール。感動で全身がしびれる。
風呂になんぞ入っていない。汗が乾き、塩昆布人間のようになっていた。
信濃大町から松本まで、電車内ではドアの隅っこに張りついていた。そうとうに汗臭いはずだった。
松本駅そばのコインランドリーで服を洗い、銭湯に入って、登山靴のまま会場の《長野県松本文化会館》へ乗りこんだ。
不思議に疲れはなく、眠気にも襲われずに全曲聴き通した。
小澤の指揮よりも、東京オペラシンガーズの合唱のほうが印象に残っている。
このときの演奏はCDになった。記念品としてもっているものの、残念ながら、たいしたものではない。
20歳ごろに大阪で聴いた小澤&新日本フィルの『第9』がすばらしかったので、あれをもう一度、という願いが私にはあった。だが、ついにあのときほどの感動を味わうことはできなかったのだった。
松本駅前の居酒屋でビールとウィスキーを飲んだあと、今はなき夜行の『ちくま』で大阪へ帰った。
裏銀座縦走後はしばらく、「これで当分アルプスはエエワ」と思っていた。実際、あれから一度も登っていない。
私は、ホントは高いところがニガ手である。なのに最近、またなんとなく血がさわぎはじめている。
山行は、オートバイ・ツーリングにはないものをくれる。
私は夏山しか登らないし、「趣味は登山です」と言えるほど熱心ではないが、あのだれもいない尾根をモクモクと進むときに、「オレ、なんでこんなことしとるんや?」……ふとよぎる想い、そしてそれを追っかけるように湧いてくる自虐的な滑稽さがよかったりする。
「吾輩はアホである」と、そう自覚したときによろこびを感じる。われながらケッタイな性分だ。だが、それが人間というもの、男というイキモノなのかもわからない。
メシは乾燥ライスとしそのふりかけ、パンと蜂蜜だった。
毎度それだと、さすがに飽きるときがある。そのために袋麺を一つだけもっていた。2つに割り、それぞれを烏帽子岳(烏帽子小屋)、大沢小屋で食った。それが叫びたいほどのうまさだった。
そんなことを今、思い出した。
MINOLTA α707si
TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO
place: nagano
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