京都市美術館 - ルーブル美術館展(京都) その2

「1933年開館。1928年(昭和3年)に京都で行われた昭和天皇即位の礼を記念して計画が始まったため、当初は大礼記念京都美術館という名称であった。」(ウィキペディア)とのこと。
すなわち〝京都美術館〟の上の取り去られた4文字は、もともと〝大禮記念〟とあったようだ。
SONY α350
SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
place: 京都市美術館

「1933年開館。1928年(昭和3年)に京都で行われた昭和天皇即位の礼を記念して計画が始まったため、当初は大礼記念京都美術館という名称であった。」(ウィキペディア)とのこと。
すなわち〝京都美術館〟の上の取り去られた4文字は、もともと〝大禮記念〟とあったようだ。
SONY α350
SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
place: 京都市美術館
どういうわけであるか、京都と大阪で、同時に『ルーヴル美術館展』が開かれている。
内容の違いは、大阪が絵画・彫刻など多部門の美術品を集めているのに対し、京都では絵画に絞っている点だ。
大阪にはすでに足を運んだので、京都へ向かった。
京都のほうが、フェルメールやルーベンスの作品が展示されていることもあって、話題性ではリードしているようである。
混雑必至とみて、朝一で入館す。それでもまずまずの人だった。
フェルメール『レースを編む女』の前にのみ、行列整理用のベルト柵が設置してあり、左から右へ、一列での一方通行を強いられる。
なにしろ、この画家の作品は、世界中から引く手あまたであるから、観られるときに観ておいたほうがいい。
もちろんほかにも魅惑の作品は多い。その一々をここに挙げるのが面倒なほどだ。
おかげでカタログのほか、ポストカードも厳選できず、4枚も買うハメになった。
SONY α350
SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
place: 京都市美術館



大阪中之島の国立国際美術館で開催中の『ルーヴル美術館展』を鑑賞、その帰りに。
柱などに写真のようなレリーフが多数ほどこされてある。これをこっそり美術館のなかへもちこんで展示しても違和感ないかも? そう思ってみたいほど、歴史と風格をたたえている。
取り壊しが決定している。惜しいがしかたがない。これは同じ中之島にあったフェスティバルホールとは違い、経済面で語られるべきことだろう。
となりにはすでに立派な新ダイビルがそびえたっており、この旧ダイビルのテナントも続々とあちらへ移っているようである。新ダイビルのエントランス周りは、わずかに旧ビルのムードを残したデザインになっている。
SONY α350
SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC
place: 大阪・中之島ダイビル

人形を接写。身長20センチ足らず。素材は粘土か?
SONY α350
TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO (写真上)
MINOLTA AF24-85mm F3.5-4.5 (写真下)
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私も普段は、下手の横好き、デジカメの手軽さで、手近な風物を撮り漁り、さらにはそれを公開するという厚顔ぶりであるが、たまにはカメラを置き、一鑑賞者としてプロの仕事をじっくりながめたくなるものだ。
夜、静かに酒を呑みつつ、ページを繰る。その都度、あたらしい発見と驚きがある。
いずれも銀塩モノクロの作品集であり、LPレコードに針を落として耳をかたむけるのに似た快感を覚えたりもする。
小島一郎写真集成 (インスクリプト刊 4090円税込 241頁)
風間健介写真集『夕張』 (寿郎社刊 5040円税込 199頁)
小島一郎(1924-1964)は東北(一部他地域)、風間健介(1960-)は北海道夕張、といずれも題材を厳寒の地に求めている。
自然はその本性をむき出しにし、人々は虫になって踏んばり、しがみつく。そんな土地でこそ、人間の営為は克明に浮き彫りにされるのに違いない。小島はそれをむしろ優しいまなざしをもって活写している。
風間の『夕張』では、人物をフレームの外へ遠ざけた作品を、あえてセレクトしているようである。にもかかわらず、身を震わすような人間の慟哭がえぐるように刻印されている。ここに写されている数々の〝夕張〟は、まるで飼い主に見捨てられ、しかもつながれたままの犬のようだ。気息奄々であるとはいえ、かろうじて生命を維持している。その意味で、彼の作品はいわゆる〝廃墟写真〟ではない。ここには滅びへ向かう街の弱々しい最後の光芒があり、それが荘厳なものとして観る者に迫ってくるのである。
両作品集とも、破格の重量と迫力であり、まるで写真家が、カメラで「叫んでいる」かのようだ。
風間健介は友人であり、親しい者への讃辞は割り引かれてしかるべきものだが、この場合に限っては、その必要はない、と断言しておきたい。
あんな酔ったぶれのどこからこんな雄渾な作品が生まれるのか……。『夕張』を鑑賞しながら、あるいはしたのち、私はいつも感心するのである(笑)。
SONY α350
SONY α50mm F1.4(SAL50F14)
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あとで聞いたところでは、店内撮影禁止という話も。
なにも言われなかったが……。
今回もグラスを買った。それで掲載を許してもらいましょう。
SONY α350
SONY α50mm F1.4(SAL50F14)
place: とりあえず〝某所〟としておきます……まァ、わかりますわね(笑)
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コロポックルの木彫り人形である。koropo― でも、korobo― でも、どちらでもいいようだ。
コロポックルは、北海道に住んでいたか住んでいるとされる小人で、アイヌ語で「フキの葉の下に暮らす人」という意味であるという。それゆえ、北海道の民芸品店などでは、このようなポーズをとった人形をしばしば見かける。帽子のように見えるのはフキの葉っぱである。
10年以上前、北海道の二風谷(にぶたに)で買った。辻さんという方のお店で、ご自身がノミをふるっておられた。お歳は、さて……60歳にもうすこし、といったあたりだったろうか。
旅の途上で、何度か店に立ち寄った。するとかならず、コーヒー&トウモロコシをごちそうになる。果ては、土産にまたトウモロコシを3本……なんてこともあった。茹でたてのそのうまさは、北海道でかじったことのある人はご存じだろう。
私は、あつかましくもそこにのんびりとすわりこみ、いろんな話を聴かせていただいた。旅の醍醐味の一つである。
ちいさなコロポックルは、太い枝にトーテムポールのようにいくつも連ねて彫り、あとで切り離すのだ……と、そんなことを教わったりした。
「今、こういうのを彫ってんだ」と彫りかけの新作を見せてくれたりした。
木彫りついては、手先の器用な人がいて、やたらリアルなものがある。それはそれですばらしいと思うが、私は、この辻作品の、樹の特徴を活かした素朴な味わいが好きだ。
愉しそうに彫っておられた。だから、いい作品になったのだろう。
2、3年前、ひさしぶりに店を訪れたら、別の人がやっていた。
やはり木彫り人形などを販売してはいるものの、以前の作業場のようなイメージは払拭され、いかにも今風の、洗練された感じの店になっていた。「……屋さん」というより、「……ショップ」といった感じだった。そして、当然というべきか、もうそこに辻作品を見つけることはできなかった。
訊いてみると、辻さんは、数年ばかりその新店の片隅で作品を造られた後、引退されたとのことだった。
以後、私はそこを訪れていない。
※当時使っていたミノルタのレンズで撮ってみた。
SONY α350
MINOLTA AF24-85mm F3.5-4.5
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