ジョージ・ウィンストン 『オータム』 - 追悼 筑紫哲也
George Winston: AUTUMN (Windham Hill Records WD-1012)
筑紫哲也が死んだ。
73歳だった。若いが若くない、とでもすべき年齢であるだろうか。まったく、平均寿命なんて、なんの目安にもならない。
私は、いくら話術にたけていようが取材経験のとぼしいアナウンサーなどが報道番組のキャスターになるべきではない、と考えている。ここ数年、テレビ自体をほとんど観なくなっているが、筑紫氏の『NEWS23』はたまに観ていた。
筑紫氏逝去関連のニュースを見るために、朝のチャンネルをハシゴしていたら、いみじくも、みのもんたと小倉智昭が同じことを口にした。
芝居やコンサートの場で遇うことがあった――というものである。
20年以上前、大阪の《ザ・シンフォニーホール》2階ロビー(グランド・ホワイエ)の、灰皿の設置してあるシートで、例の〝サファリ・ルック〟の氏と隣同士になったことがある。
ジョージ・ウィンストンというピアニストのコンサートだった。
人気沸騰、プラチナチケット――とはほど遠い、と言っていい。最上の席でも5000円までだったはず。しかも、大阪だ。スケジュールに合わせてチケットを入手されたのだろう。ファッションではなく、ほんとうに好きで来ている、と感じた。私には、こういう人たちは、有名ブランドオーケストラかオペラあたりにしか関心がないものと決めてかかっているところがあった。
別に連れをともなうでなく、独りでくつろいでおられた。私も私で、タバコをふかしてパンフレットなどをながめていた。
以上、ただそれだけのことであるが、ふと、あのときのことを思い出し、10年以上聴いていなかったこのアルバムをひさしぶりに聴いてみることにした。
この『オータム』、当初はLPでもっていたが、友人にゆずってしまって手元にはない。CDが出、そっちに乗り換えたからである。
今聴くと、いかにも軽く、「ちょっと一杯」というほどまでには動かされないが、20歳前後のころは、これでじゅうぶん酒が呑めた。
人気はCMにも使われた3曲目の"LONGING/LOVE"だろうが、私は5曲目の"MOON"が好きだった。日本の琴の音色をイメージして作曲した、とジョージ・ウィンストン本人が語っていた。
私がこれ(LP)を買ったのは高校3年生のときで、梅田にあった《大月楽器》においてであった。コチコチのクラシック・フロアで、えらくめずらしいのをかけている。「なんですか、これは」とたずねた。「最近出たんですよ。たまにはこういうのもね」と、答えはそれだけだった。
まあ、つまり、私も気に入って、その日はこの『オータム』を入れた袋をさげて帰ったというわけです。
ジョージ・ウィンストンのCDは現在、手元にはほかに『サマー』がある。これはだいぶあとになって出たもので、すでに彼のディスクを聴かなくなっていたが、なつかしくなって手を出したものだった。
『ディセンバー』と『ウィンター・イントゥ・スプリング』をそれぞれLPでもっていたが、これらも知人に進呈した。いずれCDで買いなおそうと考えてのことであったが、ついに買わずじまいである。私は『ディセンバー』をもっとも好んで聴いていた。せめて、それだけでも、ひさしぶりに買って聴いてみようか……。
コンサートには、80年代に3回か4回、足を運んだ。
裸足で(※靴下は履いている)ピアノを弾いていた。ヒゲモジャの若ハゲ男だった。ワークシャツとジーンズという、木こりをイメージさせるようないでたちだった。
今でも来日して、人気を博しているようである。私はもう、行くことはなさそうであるが……。
SONY α350
TOKINA AT-X AF100mm F2.8 MACRO
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